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仙台高等裁判所 昭和33年(う)110号 判決 1958年5月20日

控訴人 被告人 安田善一

弁護人 安住久寿

検察官 海老沢広江

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一〇月に処する。

原審における未決勾留日数中一二〇日を右本刑に算入する。

理由

本件控訴趣意は、記録に編綴の弁護人安住久寿名義の控訴趣意書の記載と同じであるから、これを引用する。(但し、控訴趣意書四枚目表一行目著しく権衡を失し、とあるを失する。とし以下三行を削除)

控訴趣意一について、

論旨は、本件犯行当時被告人は心神喪失の状態にあつたものであるに拘らず、原判決がこれを否定し、単に心神耗弱の状態にあつたものと認めたことは審理を尽さぬものであり、引いて事実を誤認したものである旨主張する。しかし、記録を精査すれば、原審はこの点に関し十分審理を尽していると認められるのみでなく、原審弁護人の心神喪失の状態にあつた旨の主張に対して原判決が示した判断についても誤りがあるとは認められない。すなわち、原審は被告人の本件犯行前における飲酒の状況、その経過、犯行の動機、態様、その後の経緯など被告人の記憶するところを供述した被告人の司法警察員又は検察官に対する各供述調書を取調べ、かつ直接被告人に対し公判廷でもこの点を、及びさらに被告人の平素の酒量の程度、近親に精神病者の有無などについて質問をしているのみでなく、特に弁護人申請に係る被告人の精神鑑定を採用し、その鑑定書の証拠調をしていることが認められるので、到底審理を尽さぬものとはいわれない。又原判決は原審弁護人の前記主張に対し、罪となるべき事実を認めた各証拠のほか、被告人に対する別件福島地方裁判所昭和二六年(わ)第一一二号銃砲刀剣類等所持取締令違反被告事件における鑑定人丸井琢次郎作成の鑑定書及び前記本件の鑑定人佐賀新作成の鑑定書を掲げ、以上の各証拠を綜合して被告人が本件犯行当時心神耗弱の状態にあつたものと認めたもので、以上の各証拠を仔細に検討すれば、原判決の右認定は正当であり、他にこれを覆えし所論の如く心神喪失の状態にあつたことを認めるに足る証拠を発見し得ない。

論旨は、右丸井琢次郎作成の鑑定書を採用するにおいては心神喪失の状態にあつたものとすべきである旨主張するが、同鑑定書においても「被告人の精神状態は刑法に所謂心神耗弱者に該当するものと認められる」と記載されているのであつて、(記録二八三丁裏)、必ずしも所論の結論に導くものでないことは明らかである。論旨は理由がない。

控訴趣意二について、

所論に鑑み、記録を精査し、被告人の経歴、性行、殊に被告人はまだ二六才の青年であるのに拘らず、これまでに前科六犯を有し、その大部分はいずれも本件と同種の所謂暴力的犯罪であり、そのうち三回は懲役刑に処せられ、本件は最終の刑の執行を終つてから半年も経ない間に犯されたものであること、その他本件犯行の動機、態様、犯行後の事情など被告人の利益、不利益となるべき一切の情状を検討考慮しても、原判決が被告人に対し懲役一〇月を言い渡したのが重過ぎるものとは認められない。又原審相被告人堀川盛との刑の権衡を失するものとも考えられない。論旨は理由がない。

控訴趣意三について、

記録によれば、被告人が昭和三二年八月三日本件で逮捕され、翌四日勾留され、爾来本件の原審判決言渡のあつた昭和三三年三月一一日まで約七ケ月余り引続き拘禁されていたこと、原判決は被告人の右未決勾留日数を本刑に算入していないことは、いずれも所論のとおりである。

論旨は、右のように原判決が被告人に対し未決勾留日数を少しも本刑に算入しないのは不当である旨主張する。

そこで記録について本件審理の経過状況を調査するに、被告人は前記の如く逮捕勾留され、身柄拘束のまま昭和三二年八月一六日原審に起訴され、原審は同日被告人に対し弁護人選任に関する通知及び照会書を発したところ、翌一七日被告人から選任の請求があつたので、同年九月五日付で弁護人を選任したこと、公判期日を同月九日と指定し、同日第一回公判が開かれ、同公判廷で被告人は公訴事実の全部について記憶ない旨陳述したこと、よつて検察官から同公判廷で現場検証及び証人八名の申請、並びに被告人の司法警察員又は検察官に対する各供述調書を含む各種の証拠書類の取調請求があり、右各証拠書類については弁護人からいずれも証拠とすることに同意があつたので、すべての証拠の申出を採用すると共に書類について証拠調がなされ、同年一〇月一七日現場検証及び同日現場に出頭した証人六名について各証拠調が施行されたこと、次で第二回公判は同月三〇日、第三回公判は同年一一月二〇日、第四回公判は同年一二月一七日、第五回公判は同月二四日、第六回公判は昭和三三年二月一八日、第七回公判(判決言渡)は同年三月一一日に各開かれたこと、その間右第二回公判において検察官から検証現場に出頭しなかつた証人二名について証拠申請の撤回があつて、そのほかに検察官又は弁護人から新たな証人の申出はなく、ただ右第三回公判において弁護人から被告人の精神鑑定の申請がされたところ、これが採用となり、被告人は右鑑定のため昭和三三年一月六日から同月一六日まで一一日間鑑定留置されたこと、鑑定人が鑑定を命ぜられた昭和三二年一二月二四日から鑑定書を原裁判所に提出した昭和三三年一月二七日まで約一ケ月余りの期間を要したこと、以上の各事実が認められる。

原審における右の審理経過の状況に鑑みれば、被告人が原審において勾留されていた日数のすべてが、原審の本件審理に必要とされた期間であつたとは到底解せられない。従つて原審が本件を処理するに必要とする日数を控除したその余の未決勾留日数は被告人の本刑に算入すべきである。尤も未決勾留日数の本刑算入の点は刑の内容に関するものではなく、その執行方法に関するものであるから、その意味で量刑そのものとはいえないが、少くとも刑の量定に準じて考えられるべきであり、その不当は刑の量定不当として判断するのを相当とする。

してみれば、原判決が被告人に対し原審における七ケ月余りに亘る未決勾留日数中一日も本刑に算入しなかつたのは不当であるから原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて刑訴法三九七条一項三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所においてさらにつぎのとおり判決する。

原判決の認定した事実を法律に照すと、被告人の原判示第一の所為中器物損壊の点は刑法二六一条、罰金等臨時措置法二条、三条に、同脅迫の点は各刑法二二二条、罰金等臨時措置法二条、三条に、原判示第二の所為は刑法二〇八条、罰金等臨時措置法二条、三条に各該当するところ、原判示第一の所為は一個の行為にして三個の罪名に触れるので刑法五四条一項前段、一〇条により重い器物損壊罪の刑によつて処断すべく、所定刑中それぞれ各懲役刑を選択し、なお被告人には原判示の前科があるので、同法五六条一項、五七条によりそれぞれ累犯の加重をし、さらに右犯行当時被告人は心神耗弱の状態にあつたので、同法第三九条二項、六八条三号によりそれぞれ法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文一〇条により重い器物損壊罪の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、同法二一条により原審における未決勾留日数中一二〇日を右本刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書によりいずれも被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 門田実 裁判官 有路不二男 裁判官 杉本正雄)

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